300万部のベストセラーとなった「女性の品格」「親の品格」の作家で、昭和女子大学学長の坂東眞理子さんと面談する機会がありました。「ありがとう」の声かけや、他人への思いやり、正しい言葉遣いや親離れ子離れの極意など、優しいくゆっくりと、品のじみ出る語りかけに、短くてもほっとする時間を過ごせました。
「品格」の中で坂東さんは、大学でも守衛さんに「ごくろうさん」「おはよう」と挨拶する人と、そうでない人がいて、守衛さんがお辞儀をしているのに、自分とは無関係だからと無視をしていると、必ず良くない評判に結びつく。相手のポストや権力によって態度を豹変する人も、他人にはすぐにわかり、品を下げてしまうと分析しています。
子育てや親育についてもの論も多く、子供の機嫌ばかり取っていると、それが当たり前のように振る舞うことで身勝手な大人に育ってしまう。乗り物の中では、子供には座らせないようにし、その意味を十分説明することで、他人への思いやりも自然に備わってくるとおっしゃいます。
坂東さん自身も、他人とのかかわりを今も大切にし、最低1日10回、「ありがとう」を言うことや、3回の電話、3通の手紙を書くことを自分に課しているそうです。人が困っていたら一肌脱ぎ、失敗した自分を笑える人になる。失敗ばかりの凡人で品とは程遠い者には、四六時中笑っている羽目になってしまい、品格どころの話ではないというものです。
2008年05月21日
2008年05月02日
杉原輝雄
70歳を過ぎても、日本のトッププロとして最高峰のレギュラー・ツアーで活躍する杉原輝雄さんと対談の機会がありました。前立腺がんであることをあえて公表したのも、同情されて戦いの場に立つのではなく、同じプロとして結果を求め続けることに、人間としての誇りと尊厳を保てることを、柔和な表情で語っていたのが印象的でした。
宮里藍や横峰さくら、諸味里しのぶ選手など若く美しい女子プロが次々、デビューし女子トーナメントはテレビ放映など隆盛を極めています。男子プロの世界にもハニカミ王子こと石川遼選手の登場でやっと光が見えたようですが、杉原さんは「ありがたいけれど、石川君に頼ってばかりでは情けない。残念ながら日本の男子のレベルは、マスターズで優勝できるところまで来ていない。技術、精神、体力面ももっと鍛えないと。そんな甘いものではない」と手厳しく指摘します。
自分にも厳しい杉原さん。マナーや礼節の大切さを、「たとえば、あいさつ一つでも」と前置きし、こう話します。「同じ人に対して、最初のあいさつと10年後のあいさつや態度が違うようでは、さみしいことですね。どの人に対してでも普通であることの方が、自分でも楽でしょう」と言いながら、対談の合間でも芝生の雑草を引き抜き、道端のタバコの吸殻を拾い上げました。
「人が見ているからやる、やらないでは、やらん方がいい」。「先祖や両親、家族のために、病気でも生かされている自分のために、ちょっとずつではあるけれど実践しているつもり」と。杉原節、私にもできる、できないだろうな。
宮里藍や横峰さくら、諸味里しのぶ選手など若く美しい女子プロが次々、デビューし女子トーナメントはテレビ放映など隆盛を極めています。男子プロの世界にもハニカミ王子こと石川遼選手の登場でやっと光が見えたようですが、杉原さんは「ありがたいけれど、石川君に頼ってばかりでは情けない。残念ながら日本の男子のレベルは、マスターズで優勝できるところまで来ていない。技術、精神、体力面ももっと鍛えないと。そんな甘いものではない」と手厳しく指摘します。
自分にも厳しい杉原さん。マナーや礼節の大切さを、「たとえば、あいさつ一つでも」と前置きし、こう話します。「同じ人に対して、最初のあいさつと10年後のあいさつや態度が違うようでは、さみしいことですね。どの人に対してでも普通であることの方が、自分でも楽でしょう」と言いながら、対談の合間でも芝生の雑草を引き抜き、道端のタバコの吸殻を拾い上げました。
「人が見ているからやる、やらないでは、やらん方がいい」。「先祖や両親、家族のために、病気でも生かされている自分のために、ちょっとずつではあるけれど実践しているつもり」と。杉原節、私にもできる、できないだろうな。
2008年04月28日
臨死
臨死の問題や終末期医療のあり方を研究している京都大学こころの未来研究センター教授、カール・ベッカーさんの講演を聴きました。末期がんの患者など、数多くの死に立ち会い、痛みや恐怖におののく患者に対して、徹底した優しさで対応することの大切さや、燃え尽き症候群の医療従事者へ手を差し伸べるべき点を強調するなど、考えさせられたひと時でした。
ベッカー教授は、終末期の人は絶望で何もする気がなくなるものだが、生命保険のことを残った人に伝えることや代理人の選定、何よりトラブルを抱えている家族との仲直りなど、「実は超多忙で、多くの人に支えられていたことに気づき、周囲の人たちのことを考えることで免疫も高くなる」と指摘しました。
また、末期がん患者にとっては、常につきまとう痛みや死への恐怖、死後は家族らからすぐに忘れ去られることへの喪失感についても、痛みへの緩和への約束と家族の変わらない死後の思いを、親身になって語りかけることで「医療者への信頼を通じて落ち着きを取り戻せる」と分析しました。
臨死についても自らの体験や研究の第一人者である教授は、「死に瀕した時の脳の活動が起す幻覚にすぎないというのが科学者の論だが、研究を進めるうちに、何か別の世界があると考えるようになった。肉体の機能と一緒に魂のようなものがあるのでは」という。元気なうちに、己の死について考えてみるのもいいかも知れません。
ベッカー教授は、終末期の人は絶望で何もする気がなくなるものだが、生命保険のことを残った人に伝えることや代理人の選定、何よりトラブルを抱えている家族との仲直りなど、「実は超多忙で、多くの人に支えられていたことに気づき、周囲の人たちのことを考えることで免疫も高くなる」と指摘しました。
また、末期がん患者にとっては、常につきまとう痛みや死への恐怖、死後は家族らからすぐに忘れ去られることへの喪失感についても、痛みへの緩和への約束と家族の変わらない死後の思いを、親身になって語りかけることで「医療者への信頼を通じて落ち着きを取り戻せる」と分析しました。
臨死についても自らの体験や研究の第一人者である教授は、「死に瀕した時の脳の活動が起す幻覚にすぎないというのが科学者の論だが、研究を進めるうちに、何か別の世界があると考えるようになった。肉体の機能と一緒に魂のようなものがあるのでは」という。元気なうちに、己の死について考えてみるのもいいかも知れません。
2008年04月11日
ソウルシンガー
久しぶりにリズム感あふれた、抜群の声量を持つ女性歌手に出会いました。20歳のソウルシンガー、福原美穂さんがその人。北海道では知る人ぞ知る歌手だそうで、11日朝のテレビ8チャンネル「とくダネ!」で1フレーズ紹介だけされましたが、すぐに日本中に伸びやかな歌声が響くに違いない、とゾクゾクしました。
福原さんは、札幌では14歳ごろから天才歌手として知られ、地元のカラオケ大会などでは度々優勝。レコード会社に所属しないプロ、インディーズとしての活動でも北海道ではヒットチャートのベスト5に、いつも名を連ねていたといいます。
ソウルミュージックというと黒人音楽の1ジャンルで、高低の激しい体全体で歌い上げる音楽で、ジェームス・ブラウンやスティービー・ワンダーらはあまりにも有名です。福原さんも「生きるために叫ぶ声」がモットーで、ニューヨークでのレコーディングの間に、近くの教会で催したミニ公演で、最初は「日本の女の子が何?」とポカンとしていたが、歌い終わるとスタンディング・オベーションで、聴衆の涙を誘ったそうです。
近年、男は?ですが、日本の女性シンガーの歌唱力は素晴らしく、安室奈美恵、宇多田ヒカル、中島みゆきをはじめ、少し古くは松任谷由実、高橋真梨子、大黒摩季、何よりドリカムの吉田美和は、もうたまりません。福原さんのデビュー曲は「CHANGE」(16日発売、ソニー)。日本人とアメリカ人ハーフの黒人演歌歌手ジェロといい、魂に触れる歌声は耳も心もいやされます。
福原さんは、札幌では14歳ごろから天才歌手として知られ、地元のカラオケ大会などでは度々優勝。レコード会社に所属しないプロ、インディーズとしての活動でも北海道ではヒットチャートのベスト5に、いつも名を連ねていたといいます。
ソウルミュージックというと黒人音楽の1ジャンルで、高低の激しい体全体で歌い上げる音楽で、ジェームス・ブラウンやスティービー・ワンダーらはあまりにも有名です。福原さんも「生きるために叫ぶ声」がモットーで、ニューヨークでのレコーディングの間に、近くの教会で催したミニ公演で、最初は「日本の女の子が何?」とポカンとしていたが、歌い終わるとスタンディング・オベーションで、聴衆の涙を誘ったそうです。
近年、男は?ですが、日本の女性シンガーの歌唱力は素晴らしく、安室奈美恵、宇多田ヒカル、中島みゆきをはじめ、少し古くは松任谷由実、高橋真梨子、大黒摩季、何よりドリカムの吉田美和は、もうたまりません。福原さんのデビュー曲は「CHANGE」(16日発売、ソニー)。日本人とアメリカ人ハーフの黒人演歌歌手ジェロといい、魂に触れる歌声は耳も心もいやされます。
2008年04月10日
党首討論
珍しく、福田康夫首相が声を荒げ、小沢一郎民主党代表にかみついた。国会答弁でも記者会見でも「うにゃ、むにゃ」と、わざと?焦点をはぐらかすような口ぶりばかりだったのに、初めて言っていることが全部わかる雄弁さで、驚くとともに、やればできる今後への期待感を、ちょっぴり持たせてくれたようでした。
9日の国会での党首討論で、日銀正副総裁人事について福田首相は、「特定官庁が独占するのはいけないが、適材適所、人物本意で正副バランスを考えて選んだが、民主党は4人も否定した。権力、人事権の乱用だ」と、大きい目をさらにひんむいたのです。
さらに、自民民主大連合の党首会談を、「小沢代表が一緒にやろうと言ったのに、以後、話し合いの余地もない」と、小沢代表から仕掛けられた密約話を明らかにした上で、「民主党は結論が遅い。国会運営の前進のために誰と話せばいいのか、ぜひ教えて欲しい」と小沢氏の懐に刀を突きつけました。
小沢代表はこれに対し、「党首討論は野党の党首が質問するものと思っていた」とやんわりかわし、「先の参院選でこういう結果が与えられたことに、(自民党や政府の)認識がなさすぎだ」と反論しました。でも、見ていて、両党の利害の衝突、政局の打開だけにやっきなのはうかがえたのですが、何より国民の利益ありき、の姿勢はみじんも感じられなかったのは私だけでしょうか。茶番劇はいいかげんにしてほしいものです。
9日の国会での党首討論で、日銀正副総裁人事について福田首相は、「特定官庁が独占するのはいけないが、適材適所、人物本意で正副バランスを考えて選んだが、民主党は4人も否定した。権力、人事権の乱用だ」と、大きい目をさらにひんむいたのです。
さらに、自民民主大連合の党首会談を、「小沢代表が一緒にやろうと言ったのに、以後、話し合いの余地もない」と、小沢代表から仕掛けられた密約話を明らかにした上で、「民主党は結論が遅い。国会運営の前進のために誰と話せばいいのか、ぜひ教えて欲しい」と小沢氏の懐に刀を突きつけました。
小沢代表はこれに対し、「党首討論は野党の党首が質問するものと思っていた」とやんわりかわし、「先の参院選でこういう結果が与えられたことに、(自民党や政府の)認識がなさすぎだ」と反論しました。でも、見ていて、両党の利害の衝突、政局の打開だけにやっきなのはうかがえたのですが、何より国民の利益ありき、の姿勢はみじんも感じられなかったのは私だけでしょうか。茶番劇はいいかげんにしてほしいものです。
2008年04月09日
ビールの泡
カラッとした晩春の候になると、やたらビールが恋しくなります。かといって、寒いから飲まないかといえば、年中、ビール党なのだから春夏秋冬関係はないのですが…。ただ、注いで飲めばいい派ではなく、ことビールに関しては苦みのある、のど越しに濃い味わいを楽しめる銘柄に固執しているし、泡をたっぷり残したままで飲み干すことを流儀としてはいるのです。
見つけました。文藝春秋「銀座でビールを注ぎ続けて」を書かれた“サッポロライオン生ビール達人”こと海老原清さんの極意こそ本物で、「ぜひ一度、銀座で私のビールを飲んでみてください。おつまみなしで何杯でも飲めます」の勧めに、すごい自信とビール一筋にかける情熱を感じたので紹介します。
40年間、ビールを注ぎ続けている海老原さんによると、最初に勢いよく泡をつくるのではなく、ビールをジョッキの底で左回りの渦を描くように受けながら、ジワジワと泡をつくる。「余分な炭酸を抜き、雑味を泡に閉じ込めるのがコツ」だそうです。その辺でこちらは間違っていたようで、細かい泡さえ作ればおいしいのだと、勘違いしていた面は否めません。
1日500杯は注ぐ海老原さん、「1杯入魂」がモットーだそうですが、何よりも徹底した品質管理が重要で、ガス圧の調整、ホースの洗浄、その日の天候予測など気を抜く暇はないというこだわりです。居酒屋で、ジョッキの泡が多過ぎていて、ビールの量が少ないことで、「泡抜きで頼むよ」と文句を言ったこともあったのですが、泡をこそ味わう気持ちを大事にしたいものです。
見つけました。文藝春秋「銀座でビールを注ぎ続けて」を書かれた“サッポロライオン生ビール達人”こと海老原清さんの極意こそ本物で、「ぜひ一度、銀座で私のビールを飲んでみてください。おつまみなしで何杯でも飲めます」の勧めに、すごい自信とビール一筋にかける情熱を感じたので紹介します。
40年間、ビールを注ぎ続けている海老原さんによると、最初に勢いよく泡をつくるのではなく、ビールをジョッキの底で左回りの渦を描くように受けながら、ジワジワと泡をつくる。「余分な炭酸を抜き、雑味を泡に閉じ込めるのがコツ」だそうです。その辺でこちらは間違っていたようで、細かい泡さえ作ればおいしいのだと、勘違いしていた面は否めません。
1日500杯は注ぐ海老原さん、「1杯入魂」がモットーだそうですが、何よりも徹底した品質管理が重要で、ガス圧の調整、ホースの洗浄、その日の天候予測など気を抜く暇はないというこだわりです。居酒屋で、ジョッキの泡が多過ぎていて、ビールの量が少ないことで、「泡抜きで頼むよ」と文句を言ったこともあったのですが、泡をこそ味わう気持ちを大事にしたいものです。
2008年03月07日
遊戯と賭け事
マージャンや碁将棋にも賭けることが多く、と言っても、ほんの遊び程度だから負けるにしても大したケガにはなりません。でも、パチンコとなると玉を弾く形は昔からさほど変わらないにしても、賭ける金額や出玉の景品額は比べ物にならないほどの変化でしょう。
何より、この業界ほど変化の激しい、浮沈の厳しい業種はないかも知れません。新しい機種が登場し、人気を集めたと思ったら、数カ月後にはまったく新しい台が出てくる。その設備投資はけた外れだし、出玉の評判が悪くなると、一気に客足も遠のく。事実、京都の国道沿線のパチンコ店も、空き家や更地が目立ちます。
パチンコ台のバックの画面やら、流れるBGMまで、大変細やかな配慮がされている。韓流で、ペ・ヨンジュンの悲恋物語が大流行したら、さっそく「冬ソナ物語」がパチンコにデビュー。往年のマイトガイ、小林旭さんの台もあるし、美空ひばり、ルパン三世、ウルトラマンなどの漫画アニメも、もちろん溢れ返っています。
最近までは、パチンコ台メーカー最大手T社の「海物語」が一番人気だったそうで、女性ファンの心と目を奪って離さない。玉が出る興奮よりも気持ちが癒されるのがいいというのです。レジャー産業でもぶっち切りで、総売上55兆円のうちパチンコが半分以上を稼いでいます。
自動車産業(43兆2千億円)には及ばないにしても、情報処理サービス(14兆2千億円)を圧倒しているのだから恐れ入るばかりです。余暇や休日の過ごし方のひとつに、というよりも、1日1度はあの騒音に浸らないと落ち着かないのがパチンコ・ファン。でも、2割5分が税金とか、45%くらいしか戻さないなどと、噂されるのがギャンブル、1回ウン千円なら、まいいか、な。
何より、この業界ほど変化の激しい、浮沈の厳しい業種はないかも知れません。新しい機種が登場し、人気を集めたと思ったら、数カ月後にはまったく新しい台が出てくる。その設備投資はけた外れだし、出玉の評判が悪くなると、一気に客足も遠のく。事実、京都の国道沿線のパチンコ店も、空き家や更地が目立ちます。
パチンコ台のバックの画面やら、流れるBGMまで、大変細やかな配慮がされている。韓流で、ペ・ヨンジュンの悲恋物語が大流行したら、さっそく「冬ソナ物語」がパチンコにデビュー。往年のマイトガイ、小林旭さんの台もあるし、美空ひばり、ルパン三世、ウルトラマンなどの漫画アニメも、もちろん溢れ返っています。
最近までは、パチンコ台メーカー最大手T社の「海物語」が一番人気だったそうで、女性ファンの心と目を奪って離さない。玉が出る興奮よりも気持ちが癒されるのがいいというのです。レジャー産業でもぶっち切りで、総売上55兆円のうちパチンコが半分以上を稼いでいます。
自動車産業(43兆2千億円)には及ばないにしても、情報処理サービス(14兆2千億円)を圧倒しているのだから恐れ入るばかりです。余暇や休日の過ごし方のひとつに、というよりも、1日1度はあの騒音に浸らないと落ち着かないのがパチンコ・ファン。でも、2割5分が税金とか、45%くらいしか戻さないなどと、噂されるのがギャンブル、1回ウン千円なら、まいいか、な。
2008年03月06日
勉強ぎらい
毎日、地方紙のフロントページにコラムを書いている関係もあって、月刊誌や大手有力紙、さまざまな辞書類は手放せません。ただ、幾つになっても、勉強というものはなかなか好きにはなれないもので、大学を出て、もう40年以上になるのに、未だに単位を落とした夢にうなされますし、ゼミの教授に「相続税の抜け道」という、こちらは法の抜け道を研究したつもりの論文を、苦虫かみつぶした表情で突き返された時の無念さが頭から離れません。
そんな勉強好きになるエピソードを、側置きの一書、月刊現代「抱腹舌倒〜人生道中膝栗毛」の中で、作家の永六輔さんが話しているのを読んで、ほんわかした気分になると同時に、少しジーンと来たので紹介したいのです。
永さんが、女優の故・岸田今日子さんと一緒に、地方の不登校ばかりが集まる学校の授業に参加した際、同じように小学生のころに不登校だった岸田さんが、当時の経験談を話します。1学期は1日も登校せず、夏休みも終わった2学期を前に、岸田さんは母親から、「嫌だったらすぐに帰ってきていいから、とにかく学校へ行って」と諭されてしぶしぶ登校するのです。
宿題の日記帳を提出することになり、何も書いていない日記帳を差し出すと、先生は「絵日記なんか書けないくらい楽しかったんだな」と「○」を付けてくれ、それを見た岸田さんが「こんな先生のいる学校なら来てもいい」と、その日から通うようになったそうです。数10年後、忙しくて行けなかった同窓会に出た岸田さんが、おられた先生にそのことを話したら、先生は「あれは○じゃないよ。零点のゼロだよ」と笑っておられたことを、ゆっくりした調子で話します。詩の朗読に移り、同じように、ゆっくりした語りかけに騒がしかった教室が静まり返ったというのです。
そんな勉強好きになるエピソードを、側置きの一書、月刊現代「抱腹舌倒〜人生道中膝栗毛」の中で、作家の永六輔さんが話しているのを読んで、ほんわかした気分になると同時に、少しジーンと来たので紹介したいのです。
永さんが、女優の故・岸田今日子さんと一緒に、地方の不登校ばかりが集まる学校の授業に参加した際、同じように小学生のころに不登校だった岸田さんが、当時の経験談を話します。1学期は1日も登校せず、夏休みも終わった2学期を前に、岸田さんは母親から、「嫌だったらすぐに帰ってきていいから、とにかく学校へ行って」と諭されてしぶしぶ登校するのです。
宿題の日記帳を提出することになり、何も書いていない日記帳を差し出すと、先生は「絵日記なんか書けないくらい楽しかったんだな」と「○」を付けてくれ、それを見た岸田さんが「こんな先生のいる学校なら来てもいい」と、その日から通うようになったそうです。数10年後、忙しくて行けなかった同窓会に出た岸田さんが、おられた先生にそのことを話したら、先生は「あれは○じゃないよ。零点のゼロだよ」と笑っておられたことを、ゆっくりした調子で話します。詩の朗読に移り、同じように、ゆっくりした語りかけに騒がしかった教室が静まり返ったというのです。
2008年02月28日
茶の木人形
宇治武田病院の広報顧問や、宇治市内に本社のある「城南新報」という新聞のコラムニストを担当していることもあって、宇治市方面へも度々出かけます。先日も、宇治茶のことを調べていたら、ひんずに宇治伝来の人形に行き当たりました。
茶の木人形(宇治人形)というのがそれです。茶の木人形は、江戸期の茶人・金森宗和が、茶事の合間に彫り始めたのがルーツです。当初は宗和の茶室を訪れた人へ、ちょっとしたお土産として作っていたのですが、後に徳川将軍家へ献茶をする際、ともに献上するようになります。やがて、古木が茶摘み娘の人形に生まれ変わることから、不老長寿の縁起物として、広く庶民に愛されるようになったと言います。
千利休によって宇治茶が日本中のブランドとなり、素材となる茶の木そのものの入手が困難になったのをはじめ、職人も需要も減少したことから、人形は次第に人々の記憶から忘れ去られてしまいました。そんな幻の人形を今から15年前、再び世に送り出したのが城陽市在住の山内行男さんです。
山内さんは、旧来の人形の顔に筆を入れることで目鼻を表現していたのですが、絵の具を使わずに彫ることだけで愛らしい表情を出すなど、当初は独自の茶の木人形を志向していたそうです。最近では、大正時代に活躍した宇治人形師・旭軒樂山が手がけた根付の茶の木人形の復刻にも挑戦されています。昔の職人の精巧な彫りに、新たな創作意欲を掻き立てられたとおっしゃいます。
茶の木を巧みに活かした色鮮やかな茶摘み娘の人形は、どこか懐かしく、見ているだけで穏やかな気持ちにさせてくれます。宇治平等院表参道商店街にある伊藤久右衛門平等院店で展示。購入は1体5千円から。
茶の木人形(宇治人形)というのがそれです。茶の木人形は、江戸期の茶人・金森宗和が、茶事の合間に彫り始めたのがルーツです。当初は宗和の茶室を訪れた人へ、ちょっとしたお土産として作っていたのですが、後に徳川将軍家へ献茶をする際、ともに献上するようになります。やがて、古木が茶摘み娘の人形に生まれ変わることから、不老長寿の縁起物として、広く庶民に愛されるようになったと言います。
千利休によって宇治茶が日本中のブランドとなり、素材となる茶の木そのものの入手が困難になったのをはじめ、職人も需要も減少したことから、人形は次第に人々の記憶から忘れ去られてしまいました。そんな幻の人形を今から15年前、再び世に送り出したのが城陽市在住の山内行男さんです。
山内さんは、旧来の人形の顔に筆を入れることで目鼻を表現していたのですが、絵の具を使わずに彫ることだけで愛らしい表情を出すなど、当初は独自の茶の木人形を志向していたそうです。最近では、大正時代に活躍した宇治人形師・旭軒樂山が手がけた根付の茶の木人形の復刻にも挑戦されています。昔の職人の精巧な彫りに、新たな創作意欲を掻き立てられたとおっしゃいます。
茶の木を巧みに活かした色鮮やかな茶摘み娘の人形は、どこか懐かしく、見ているだけで穏やかな気持ちにさせてくれます。宇治平等院表参道商店街にある伊藤久右衛門平等院店で展示。購入は1体5千円から。
2008年02月27日
明治・大正の礼法
少し高価だったのですが、「絵で見る明治・大正礼儀作法事典」(綿抜豊昭・陶智子編著)を買い求めました。戦後、日本人が失いつつある他人への思いやりや、公衆道徳のことなどを、エッセイに書こうと調べていたら、明治から昭和初期にかけての礼儀作法を、約2千点の挿絵と併せてわかりやすく解説されていました。
まず、「乗り物」の項目では、汽車や乗り合いバスの停留所や改札口で、全員がきちんと整列し、どこかのラッシュ駅のように押し合いへし合いは、全く見られません。また、男性も女性、学生たちも大半が帽子をかぶっていたのは、当時の英国式がわが国に流行していた証でしょう。整列しても座席に着けたのは、ま、それだけ乗降客も少なかったのではあるのでしょう。
注意書きもなかなかのものです。@必要以上に座席を占有しないA足を組むなど他人の通行を妨げないB飲食、化粧を慎み車内を汚さない―など、昨今の車内では横行している、日本人が忘れ去ってしまった心得の数々です。
「子供の日常」にも@朝は6時までに起床し歯を磨き、父母に挨拶をするA家にいる時は家事を手伝うことが修養上大切である―と「国民作法要義」(大正5年)に描かれていました。「年長者へ」は「父母にはたとえ自分に道理があってもそれを口に出してはならない」(女子容儀作法、明治36年)と行き過ぎの感もあるのですが、外出中の家族への連絡や報告、両親との話し合いでは憤怒の色を表さない点等、今もあっていいのかも知れません。道徳教育が復活するようで、本来は家庭で学んでいなければならないことばかりですが、当の親も学んでいない世代では、教えることも・・・。
まず、「乗り物」の項目では、汽車や乗り合いバスの停留所や改札口で、全員がきちんと整列し、どこかのラッシュ駅のように押し合いへし合いは、全く見られません。また、男性も女性、学生たちも大半が帽子をかぶっていたのは、当時の英国式がわが国に流行していた証でしょう。整列しても座席に着けたのは、ま、それだけ乗降客も少なかったのではあるのでしょう。
注意書きもなかなかのものです。@必要以上に座席を占有しないA足を組むなど他人の通行を妨げないB飲食、化粧を慎み車内を汚さない―など、昨今の車内では横行している、日本人が忘れ去ってしまった心得の数々です。
「子供の日常」にも@朝は6時までに起床し歯を磨き、父母に挨拶をするA家にいる時は家事を手伝うことが修養上大切である―と「国民作法要義」(大正5年)に描かれていました。「年長者へ」は「父母にはたとえ自分に道理があってもそれを口に出してはならない」(女子容儀作法、明治36年)と行き過ぎの感もあるのですが、外出中の家族への連絡や報告、両親との話し合いでは憤怒の色を表さない点等、今もあっていいのかも知れません。道徳教育が復活するようで、本来は家庭で学んでいなければならないことばかりですが、当の親も学んでいない世代では、教えることも・・・。


